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クリエイタースクールの法教育【再録】

 行政書士の看板をこうして掲げている身ですが、長年勤めてきた「クリエイタースクールの教員」という立場も実はまだ“前職”ではなく、いわゆる二足のわらじを履いている状態です。ゲームではもともと企画屋だったので、担当科目もずっと企画系が中心でした。ただ最近は、優秀な現役クリエイターの方が講師で入ってくださっているため、もっと一般寄りな科目を担当しています。
 その中で、全国的に見てもユニークな取り組みだと思っているものがあります。4年生を対象にした「ビジネス論」という科目の中で、法律を扱っているのです。
 始めたきっかけは、Webで見つけたこんな記事でした。

まただ。なぜこんな20代を棒に振るような契約書にサインしたんだと声を荒げたくなる若手アーティストの相談。なぜこうも繰り返される。少なくとも原因のひとつは、はっきりしている。幾多の芸術系大学、音楽・アート系学校で「契約」なんて面倒なことは教えていないからだ。

https://www.kottolaw.com/column/001545.html

 書いたのは、福井健策さん。私としてもリスペクトしてやまない、著作権法分野の第一人者と言える弁護士です。
 なるほど、と思いました。一般語としても普及している法律用語というのは少なくありませんが、ふつうの人が言葉から感じる意味と、法律的な意味とは、しばしば乖離しているもの。契約もそうです。そして、その破壊力を、多くの人は知りません。「自分が将来作り出す創作物の全ての権利を、この会社に無償で譲渡する」なんて契約も有効なのです。
 そんな怖いものなのですが、なんというか、みんな怖いもの知らずなのですね。ほとんどその内容を気にしていないのが現実です。
 かつて目にしたプログラミングのコンテストの応募要項には「入選した作品に含まれるソースやライブラリなどの全ての権利は、主催者に帰属する」なんて規定がありましたし、とある公的な団体から協力を依頼された写真コンテストの応募要項には「応募作の全ての権利は主催者に属する」なんて書かれていました。もし前者のコンテストで入選してしまったら、作者自身は、コンテストとは無関係に以前から作って使っていたライブラリでももう二度と使えないことになりますし、ソースの転用もできませんから、以後のプログラミングでは1から書いていかないといけなくなります。そして後者のコンテストの場合、たとえ一次選考で弾かれた場合でも、作者は自分の作品の利用が「著作権侵害」として禁止されうることになってしまいます。ほぼ「クリエイター殺し」と言っていいようなこんな規定がなぜ残っているのかといえば、決まっていますね。特に応募がなくならないから。つまり、応募者は規定なんて気にしていないからです。
 なるほど、たしかにうちの学校でも、「契約」なんて面倒なことは教えていないようだ。ならば、いっちょオレがやってみるか……と、取り組むことにしたのです。

 さて、法律を教えるときに悩むのは、用語の選択です。
 わかりやすい授業を作るためには、専門用語をなるべく使わないことが上策です。池上さんのように「小学生でもわかるだろうか」を自問し続け、言葉を置き換えていくことがいいのです。
 しかし、このやり方には、一つ問題があります。実際の法律文は、そんな言葉で書かれていないということです。
 例えば「期限の利益を喪失する」など。たとえわかりにくくても、実際に契約書にはそう書かれているわけですね。これを、

  「もし返さないなんてことがあったら、
   まだ返さなくてもいいって約束してた分も含めて、
   全部まとめて返さないといけないんだよ」

 とすれば確かにわかりやすくなるのですが、そういう形でしか知らないと、期限の利益喪失条項のある契約書を見てもピンとこないでしょう。「善意・悪意」とか「意思能力・行為能力」とか、民法の世界はそんなものばっかりです。わかりやすい言葉で言い換えてしまったのでは、その授業の中でしか使えない、場面限定の法律スキルしか得られません。法律的なものの考え方は身についても、実用知識とはならないのです。
 悩んだ末、やはり用語はきちんと用語のままで使うことにしました。その分、事例を豊富に引いて、現実感を持てるように工夫しています。また、これにはもう一つ理由があります。復習の便宜です。今の時代、ネットで叩けば簡単に用語解説は出てきます。その授業専用用語を使ってしまっていたのでは、Googleが使えません。事例と法律用語が結びついていれば、そのきちんとした意味は後から検索することができるのです。

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