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これって懲罰賠償では?

 先日、ファスト映画を巡る民事訴訟の判決があり、東京地裁は5億円の損害賠償を認めました。
 事件のあらましとかは広く報道されていますし、正直それ以上のことも知りませんので、ここには書きません。なお、いちばん丁寧なのは、『ねとらぼ』の記事(https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/2211/19/news071.html)でしたので、これを貼っておきます。

 日本の民事訴訟の原則は「与えた損害を賠償する」にあります。故意または過失で他人に損害を与えたら、その額を賠償する義務がある、そういう立て付けです。なので、原因となる行為の善悪は関係ありません。例えば、うっかり居眠り運転をしてしまい人を跳ねて死なせてしまった場合も、ゲームのGTAみたいに「ひゃーはっはっは、死ねーっ!」なんて言いながら車で追いかけ回してひき殺した場合も、損害賠償の額自体は同じです(慰謝料では差が出そうですが)。
 でも、この5億円という賠償額は、この視点から言って適切とは言いがたいと思うのです。とてもそれほどの損害を与えたとは思えないからです。
 現実問題として、「1本あたり200円」なんてどういう根拠なのでしょうか? ぼくは最近さっぱりレンタルビデオ店に行っていませんが、以前の記憶では、最新作以外はせいぜい1本100円でした。しかも、これは「金払ってでも観たい!」と思ってもらえたタイトルだけ。ファスト映画で済ませる作品というのは、基本的に「名前は知ってるけど観に行かなかったし、特にちゃんと観たいわけでもない」レベルの作品です。そして、Youtubeで視聴した人にしても「その映画だったから観た」とも限りません。Youtubeのシステムとして、見終わった後も放置しておくと、次の動画が始まります。たまたまファスト映画を一本再生したら、そのまま自動的に二本目・三本目と再生…そのような形で視聴されたものの価値が、好んで借りにいくレンタルビデオのそれの倍というのは、いくらなんでもおかしいですね。

 賠償額に関するこのシステムですが、「それ、変だよね。悪いことしたやつは、その悪さに応じて上乗せ賠償支払うべきだよ」という考えも成り立ちます。このような制度を懲罰賠償といい、アメリカが採用しています。ただ、日本の裁判所は、一貫して懲罰賠償を認めてきませんでした。アメリカで下された判決が日本国内で強制執行される場合も「懲罰分を除いて」となりますし、アドビやマイクロソフトが原告になった違法インストールの事例でも、損害額として認めたのは、アプリの定価額まででした。
 ところが、今回のような実態と乖離した判決を見ると、その前提が崩れたのではないかと、疑問に思えてしまうのです。
 だいたい関係者のコメントとか見ても、こんな言葉が連ねられています。
  「著作権侵害に対する大きな抑止力になるものと考える」
  「著作権侵害のやり得を許さない」
 これは原告になった業界団体の判決後コメント。おそらくは一介の市民に過ぎない被告に対して現実的に徴収できる額だとは思えない点と合わせ(ちなみに被告が得た広告収入は700万円とのこと)、その本音が見えてきますね。「脅し」です。

 日本の賠償制度が法制度上の問題だとすれば*注、そこに懲罰賠償が導入される余地はあるでしょう。ただその場合も、現実の損害額からそれほど逸脱するべきではありません。アメリカの場合も、マクドナルド裁判(『自分がやけどしたのはコーヒーが熱すぎたからだ』とマクドナルドを訴え、陪審団に270万ドルの損害賠償額を認めさせた事件)のような事例はそうあるものではなく、例えばBSA(米国のソフトウェア企業の多くが加入する権利保護団体)が原告になる場合でも、請求額は実被害の2~3倍です。
 今回の5億円(主張している損害額自体は20億円で“その一部”としての請求)は、それを明らかに超えていることは確実で、むしろステラ賞級の事例かもしれないと思うのです。

*注「賠償制度が法制度上の問題だとすれば」
 刑事裁判は厳密に行われます。検察官のみが公訴権を持ち、推定無罪の原則が適用、そして罪と罰は罪刑法定主義の下で決められています。しかし、懲罰賠償はこれらを全部すっ飛ばします。万人が公訴権を持つ民事訴訟という場で争われ、被告は潔白を主張するためには自ら証拠を挙げなければならず、「何をしたらいくらの懲罰になるのか」も、全く法定されていません。実質的な罰金刑を貸すのにも関わらず、です。こう考えると、これは単に法制度の問題ではなく、憲法上の要請と言えそうですね。

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