第4版 No.24、第6版 No.15
東京地裁 H13.5.25判決 H8(ワ)10047号
事件の概要
自動車整備支援ソフトの開発会社が、製品に含まれるデータベースのデータを無断で抜いて自分たちの製品に載せていた競合会社に対し、データベース著作権の侵害を主張、製造・販売の差し止めと損害賠償を求めた。
争点
データベースの著作物性
判決
データベースが著作物として認められるためには、見出しなり検索方法なりでの創作性が必要。本件データベースは車種や年式などあたりまえの方法で検索するもので、創作性がないから、著作物ではない。しかしデータの無断使用は不法行為に該当するので、損害賠償を認める。
解説
判例百選に限らないのですが、法律書や法律雑誌で紹介される判例には、事件名がついています。誰か影響力のある学者が付けているものと推察されるのですが、結構揺らぎがあります(学派の差ですかね?)。このブログでは原則として判例百選で使われている呼び名を使う方針ですが、私自身違う名前の方がしっくりくる場合も少なくないです。この事件、一般的には、被告側製品名をとって「トムキャット事件」と呼ばれています。なお事件名の括弧書きにある「翼システム」というのは、原告企業の名前で、その製品名を「スーパーフロントマン」といいました。
これは、自動車整備工場向けの支援ソフトに関する事件です。
自動車は多数の部品で構成されており、整備や修理をするためにはメーカーに正確な注文を出す必要があります。そのためにパーツリストという冊子があるのですが、ここに大きな問題が。膨大な量になってしまうのです。“冊子”と書きましたが実際には電話帳級で、それが何冊にも分かれています。自動車1台には、3万個の部品が使われていると言われているので、仮に1ページに30個ぐらいのパーツを掲載したとしても、必要なページ数は千に達してしまうのです(図解付きなので、実際には30も書けません)。一車種だけでもたいへんなものですが、修理工場が相手にする車は一車種では済みません。それどころか、一社だけでもないのです。
そこで登場するのが、支援ソフト。車種と年式を入力してパーツを探し、さらに発注書を出力するといったことをしてくれるシステムです。実質的には、「ソフトウェア化されたパーツリスト」といえるでしょう。そしてシステムの中心にあるのはデータベース。車種年式などのデータで目的とするパーツを検索するための必須要件です。
この種のシステムからデータを抜き取る行為は、どう強弁しても正当化できないでしょう。抜かれた側からすれば、泥棒行為に他なりません。そして著作権法にはデータベースの著作物というものが定義されており、原告側は自社データベースの著作権の侵害であるとして、ライバル企業を訴えました。
しかし、データベースの著作権には大きな問題があります。著作物として認められるだけの創作性を認めることが難しいということです。データの収集にはたいへんな手間がかかりますが、これは著作物としての成立には何ら関係しません。たとえデータベースの場合であっても、著作物として認められるためには、創作性が必要なのです。
具体的には配列や検索方法などに独創性が必要だということになりますが、困ったことに、そんなデータベースには価値なんてありません。例えば、裁判長の星座や血液型で調べられる判例データベースなんて考えてみてください。とてもユニークですが、実用的な価値は皆無でしょう。そして実用性を求めていくと、事件名とか事件番号とか裁判所や判決年月日とか、ありきたりの項目で引けるものにしかなりようがないのです。さらに言えば、それすらもなければ最高に使いやすいでしょう。今、私たちの生活は、Googleに依存しています。フォームにキーワードを入れてエンターキー叩くだけ。データベースにおいて完成形とも言えるインターフェイスですが、これの著作権は認定しようがありません。
結局のところ、データベース著作物というもの自体、「プログラムが著作物になるんだもの、用途において双璧と言えるデータベースだって権利の対象にならなきゃ片手落ちだよ!」程度の浅い考えのまま制度化してしまったのではないかと思います。
裁判では、該当データベースの著作性自体が否定されましたが、不当行為を認め、損害賠償等を命じる判決が出ました。これが日本法での考え方です。「著作権侵害じゃないから、やってもいいんだぜ!」じゃない点に、注意が必要です。
解説
実は個人的には特別な思い出のある事件でもあります。
著作権の授業でよく判例を紹介します。このとき、どちらかの立場に拠った方が説明しやすいので、この事件の場合、盗まれた側=原告の立場から、若干の演出付きで紹介していました。ところがある年、なぜか先頭にいた学生がにやにやしてるのです。そして授業が終わってから衝撃の一言が。
「先生、オレ、その会社から内定もらってるんですよ」
トムキャットを出していたのは、名古屋の会社だったのですね。
その後……ということで言いますと、トムキャットは現在も販売されています。一方、スーパーフロントマンはもうありません。会社自体が消えてしまったのです。