士業のあれこれと行政書士

 行政書士の肩書きは、必ずしも分かりやすいものではないようです。名刺を受け取った相手の頭の上に「?」が浮かんでる……そんな思いを何度もしたことがあります。
 また、かつて「“行政書士補助者”である主人公が、快刀乱麻を断つごとく、依頼人のために法的トラブルを解決していく」なんて筋書きのドラマ《*1》も放映されていました。あれを見ていると、弁護士の互換品(ジェネリック弁護士?)のように見えてきますね。
 ここでは、行政書士という仕事がどんなものなのか、また知的資産という視点でどんな仕事ができるのか、他士業との対比と併せて、詳細に語っていきます。

*1 “行政書士補助者”である主人公が…ドラマ 「特上カバチ」(主演:櫻井翔・堀北真希、2010年TBS系)というドラマです。オンエア中は存在すら知らなかったのですが、「某弁護士会のボスが激怒した」という噂話が気になり、最近中古DVDで視聴しました。確かに弁護士法無視の大活躍ぶりで、本当にやったら懲戒請求でしょうね。

そもそも行政書士って何?

看板はちょくちょく見かけるけど……

 街の看板でよく見かけるこの名称ですが、「なんだかわかんない」という人が少なくないでしょう。その一方で、先述のようなドラマもあり、またその原作であるマンガも長期連載されているため、知っている人は現実とは関係なく知っているという、ちょっと困った状態になっています。
 そんな中、一般に思い描かれるイメージを平均すれば、こんなところになるのではないでしょうか。
「法律関係で専門家に一仕事してほしいけど、弁護士さん頼むのもちょっと大げさなんだよねぇ。まあ、これでいいか!」
 弁護士とくればS級エリート専門職。能力も高いだろうけど、プライドも高ければ値段も高い、なんかお手頃なのないのかねえ……で選ばれるといったところでしょうか。一応“それは誤解です”と言っておきますが、そもそも日本行政書士連合会が自ら掲げているキャッチフレーズが「頼れる街の法律家」なので、このあたり狙っている感じもしますね。
 国家資格に基づく法律系専門職を、まとめて「士業」《しぎょう》と呼びます。行政書士も士業の一つで「書類の作成&関連する業務」が専門です。官公署に提出する書類や私人間の権利関係・事実関係に関する書類を作ったり、役所への申請を代理したり、それらのための相談にのったりするわけです。

行政書士には各自の得意分野がある

 行政サービスは、社会生活の隅々をカバーしています。そのため行政庁と一口に言っても、実にたくさんの機関があります。そのほとんどに関係することから、行政書士はとても幅の広い資格です。あまりに広すぎるので、多くの人は自分の得意分野を中心に業務を持っています。
 まず多いのが、許認可関係。建設、廃棄物処理、風俗営業など、官公庁の許認可を必要とする申請の場合、ほぼ種類ごとに専門家がいる状態です。入国管理や自動車関係も、この例といえます。
 次に、相続や離婚あるいは開業支援など、テーマ別の専門領域。許認可関係は、役所ごとのいわば“縦割り”区分ですが、こちらは“横割り”といえるでしょう。また横割りテーマを複数組み合わせれば、「家庭用法務サービス」となります(ホームの法務ですね)。住宅街やその隣接商店街にあるような地域密着型の事務所は、これに該当することが多いと思います。
 クリフェの看板分野は、知的財産権です。行政庁への書類提出の代理については、著作権登録があります。また、契約書その他権利関係書類の作成についても、対応します。知財業務一般は特許庁が管轄していて、そちらへの申請は弁理士の仕事。でも著作権だけは所管官庁が文化庁となっていて、行政書士の仕事なのです。また、特許庁が管轄する知財でも、取得した後の権利移転などについては、行政書士の対象業務となっています。

報酬の意味

 行政書士の報酬は、基本的に文書作成に対して発生します。といっても、単なる「清書代」ではありません。
 「書類作って出す」というのは、実はかなり奥行きのある仕事です。許認可関係の書類では、書き方自体が問題なのではありません。廃棄物処理にしても風俗営業にしても、実際に重要なのは申請書に書いてある中身のほうなのです。法や規則の条文だけからは読み取れない行政の要求事項を理解し、顧客に対して的確に伝え、必要な要件に導く、それが許認可業務における行政書士の仕事です。また、相続専門の行政書士が最終的に作成するのは遺産分割協議書ですが、それに先立つ膨大な作業にこそ仕事が詰まっています。故人の戸籍を出生まで集めて推定相続人を洗い出したり、相続情報図を書いて法定証明を受けたりと、テーマにおいて必要になる多岐にわたる業務をこなすのです。
 私人間の権利関係うんぬんというのは、例えば契約書が典型例ですが、これも決して単純な仕事ではありません。契約は双方の合意によって成立しますが、そこには無数の選択肢が存在します。世間には、契約書のひな型がたくさん存在しています。しかし、実際に盛り込むべき内容には、とても対応できません。アパートの賃貸契約のような定型的なものでさえ、退去時の義務を巡って争いが絶えないほどです。当事者の思いを一つずつ掘り起こし、権利と義務という形で文書化するのが、この仕事なのです。
 クリフェの場合、「クリエイティブ産業をよく知っている」というアドバンテージがあります。依頼する側とされる側の両方の視点を持ち、広い視野からのベストを探れるということです。報酬額には、こうした無形の価値が含まれているものとご理解ください。

司法書士とは違うんですか?

 同じ「書士」の名がついていることから紛らわしいのですが、相手にする役所という点で大きく違っています。それぞれの名前が示しているように、行政書士は行政庁一般が相手ですが、司法書士の相手は「司法」。裁判所と法務省(法務局や検察庁)が対象になっているのです。
 司法書士の仕事をより具体的に言えば、裁判や強制執行に関する書類、そして登記関係になります。市民生活的に重要なのは後者で、例えば土地や建物を売り買いするとか、会社を設立するとかいった登記が必要となる場面において、司法書士は大きな役割を果たします。
 これらの仕事は司法書士の独占業務なので、行政書士にはできません。起業の支援は仕事にしますが、そこには「設立登記」は含まれていないのです。
 なお、司法書士は、少額訴訟の代理人になることができます。ようするに弁護士の代わりですね。よく見る「借金の過払い金、取り返します!」の広告で、弁護士法人だけではなく司法書士法人も混じっているのは、これがあるからです。

その名も八士業

剣を持たないサムライたち

 士業という言葉は、通常は「しぎょう」と読みますが、武士の士に通じることから「さむらいぎょう」と読む場合もあります。「法学部はサムライになる学部」なんて、昔はよく言われたものです。
 ただ、最近は“隣接法律専門職”という言葉も使われます。というのも、「士」で終わる国家資格というのが実に多くて、数で言えば法律と無関係なサービスを提供するものが圧倒的なのです。例えば電気工事士とか歯科衛生士とか、おなじみですよね。

人呼んで八士業

 伝統的な意味での士業(弁護士&隣接法律専門職)は、次の8つになります。

弁護士法廷に立つ。法律相談や法律鑑定も。
司法書士 不動産や会社の登記。過払い金訴訟でもおなじみ。
行政書士許認可業務、入管業務。また各種文書作成。
税理士 税金関係の申請書作成や企業会計など。
弁理士特許や商標の出願。知財契約の代理。
社会保険労務士労働&社会保険の事務代行。
土地家屋調査士土地家屋の調査・弁護士。
不動産鑑定士不動産価値を評価。

 総称して「八士業」といいます。職務請求権という、住民票や戸籍を本人の委任状がなくても請求できる特権があること(不動産鑑定士を除く)、そして法で指定された独占業務を持っているという点で、他の「士」が付く仕事と区別されています。
 隣接法律専門職というくらいなので、専門業務はどれも法律に関係しています。しかし「法律家」と呼べるのは、弁護士/司法書士/行政書士の3つです。他の士業は特定領域のスペシャリストで、それぞれの分野においては唯一無二の存在になりますが、一般的な法律業務には対応しません。実際、憲法・民法・商法をきちんと試験科目に含んでいるのは、この3つだけなのです。

これあってこその“業務独占”

 八士業には、重要な特徴があります。「業務独占」と言って、その士業の人でないと報酬をもらってやってはいけない特定の仕事が、それぞれに指定されてるのです。
 行政書士の場合、法に書かれている仕事は次のとおりです。

  1. 官公署に提出する書類を作成する
  2. 契約書など、権利義務や事実証明に関する書類を作成する
  3. 1に関連する手続き(提出や許認可関係申請)を代理する
  4. 2を代理する《*2》
  5. それらについて相談に応じる

 このうち、1と3が独占業務となります。
 ただ、除外規定があり、他の士業の業務独占でないものに限るとされています。これがけっこう利いてきまして、例えば次のようなことは、報酬をもらってやるのはだめです。

  • 一般的な法律相談、鑑定:弁護士だけ。
  • 裁判の代理人になる  :基本は弁護士。少額であれば司法書士もできる。
  • 税金関係       :税理士だけ(酒税などごく一部例外的に可)
  • 社会保障関係     :社労士だけ(※社労士制度ができる前に開業している行政書士は可)
  • 特許庁への出願    :弁理士だけ(権利移転等の書類の申請は可)
  • 裁判所や法務局に提出する書類の作成:司法書士だけ。

 どれも上記1から5に該当するはずなのに、別の法律で除外されているわけで、まあ「他士業のやらないことが、おまえらの仕事だ!」と言われているようなものですね。

*2 …を代理する 法の規定は一見すると契約そのものを代理することまでカバーされているように読めるのですが、あくまで「契約書等の作成」の代理行為となります。なので、依頼主の相手方のもとに赴いてその場で契約書をまとめていくということも可能です。ただ内容について同意したり提案したりすることはできませんし、あくまでも契約書が作られるというだけで、契約そのものは依頼主が締結しなければなりません。

士業って、8種類だけ?

 八士業といいますが、本当に8つだけなのでしょうか。実はこのあたりは曖昧で、公認会計士と中小企業診断士を加えて「十士業」と呼ぶ場合があります。一方、不動産鑑定士を除き、代わりに海事代理士(主に、商船・漁船の登録などをします)を入れたものを「八士業」とすることもあります。よく見かけるまとめで最大のものは「12士業」。これは、十士業に建築士と社会福祉士を加えたものです。
 このゆらぎの理由は、“n士業”の基準として何に注目するかによるものです。
 職務請求権に注目すれば、それを持たない公認会計士や不動産鑑定士は外れるということになります。一方、市民生活での重要度という視点では、特定業界対象のB2Bビジネスしかしない海事代理士はわざわざピックアップする必要がないということになるでしょう。また、12士業は、市民向けの合同説明会などで使われています。相続や介護などに注目したまとめと言えるでしょう。
 見ようによっては何より重要なのが、その言葉自体の「産業利用価値」です。実際に“n士業”の言葉をいちばん使うのは大人向け受験産業で、彼らの視点では売り込みやすい資格の方をピックアップしたくなると思います。業務独占を持たない中小企業診断士を入れるのも、お客に売り込みやすいからでしょう。

ワンストップ化という流れ

 士業の違いは、実は監督官庁の違いでもあります。
 司法書士は法務省、弁理士は特許庁…といったように、多くの士業には、監督責任を持つ官庁があります。行政書士も例外ではなく、直接的には都道府県知事で、その結果として地方自治体を統括する総務省が、中央官庁における所管となります。
 これは、サービスを利用する国民からすれば面倒な話です。そこで、あちこち立ち寄らなくても一カ所で全て済むようにする=ワンストップ化ということが、叫ばれています。
 これは究極的には政策論になってしまうのですが、今ある“士業界”も、現実に二通りの方法で対応しています。
 一つが、合同事務所です。複数の士業が集まって一つの大きなオフィスあるいはビルに入り、利用者の便宜を図るというもの。ただ、各士業には法律上の守秘義務があるため、依頼人の情報や依頼内容を勝手に融通するわけにはいかず、「移動する手間が省ける」以上のメリットがない場合もあります。
 そしてもうひとつが、ダブルライセンス。例えば行政書士が同時に司法書士にもなるように、複数の士業として同時に登録することで、両方の専管業務に対応するというものです。さらに、他士業の人を雇用する《*3》ことで、法人としての事務所自体がマルチライセンス化するということもあります。
 ワンストップ化を政策論として徹底すると、士業の統廃合ということになるのでしょう。それはそれで、大きな問題になってしまいそうです。

*3 他士業の人を雇用する 行政書士は、なぜか行政書士以外に雇用されることが許されていません。そのため、他士業の事務所に雇用されることもできませんし、会社に属して任務に当たる「社内行政書士」になることもできません。ワンストップ化が進む過程で仲間はずれにされるのではないかと思うのですが、とにかくこういう決まりです。

知財とくれば弁理士?

知財の専門家って弁理士では?

 トウキョウトッキョキョカキョク…なんて早口言葉、今の子供たちは遊んでるのでしょうか? ともあれ、こんな言葉の存在からも、特許権はぐっと身近な存在ですね。
 特許権は、商標権などと合わせて「産業財産権」と呼ばれています。弁理士は、これらの登録出願代理を独占業務とする仕事です。また、産業という視点で知的財産権が論じられる場合、その中心にあるのは特許権です。そのため「知財とくれば弁理士」というイメージが浸透しています。
 ただ、弁理士の独占業務となっているのは、あくまでも出願の部分。取得した特許権を実際にビジネスにする局面では、ライセンス契約などが必要になってきますが、こういう仕事についての独占権を持っているわけではありません。

産業財産権と知的財産権の違い

 ここで、ちょっと細かい話を。先ほど「産業財産権」と書きました。これと知的財産権の関係は、集合記号で言えば「⊂」。つまり、知的財産権という大きな括りの中に、産業財産権が含まれている、そういう関係です。
 知的財産権と総称されるものは、次のようになります。

  1. 特許権   発明に対して与えられる権利。
  2. 実用新案権 発明ほど高度でない改良等に関する権利。
  3. 意匠権   工業デザインに対して与えられる権利。
  4. 商標権   商品名や商品形状などを保護する権利。
  5. 育成者権  花や農産物の新品種を育成する権利。種苗法で規定。
  6. 地理的表示の保護 地域産品の名称に与えられる。GI法で規定。
  7. 回路配置利用権  半導体集積回路の回路配置に関する権利。半導体回路配置保護法で規定。
  8. 著作権   著作物に関する権利。

 1~4は、かつては「工業所有権」と言いました。ただ、現実には工業ばかりでもなく、また民法上の所有権とはやはり異なりますから、いつしか「産業財産権」と呼ばれるようになったのです。
 これらは、別個の法律で規定されています。そして所管官庁も一つではありません。1~4が特許庁、5・6が農林水産省、7が経済産業省、8が文化庁です。
 登録申請(出願)が弁理士の専管業務となるのは、特許庁に出すものになります。つまり、1から4までです。

共管業務と専管業務

 知財に関する契約書の作成や、登録されている産業財産権の移転等の申請は、弁理士の仕事の中で、行政書士と重なる部分です。こういうものを共管業務といいます。
 一方で、弁理士と弁護士の共管業務も存在します。代理人として行う契約交渉です。一般に、代理人として相手方との交渉を行えるのは弁護士だけなのですが、こと知財関係の契約については、弁理士も交渉資格を持っています。(行政書士の場合、行政庁以外に対しては『書類作成の代理』という微妙なものしか認められていないため、依頼主の相手方と直接連絡しながらの契約書条文落とし込みなどはできるのですが、条件交渉などは範囲外になります)
 さて、“共管”業務であり、“競管”業務ではない点に、ご注目を。
 そもそも士業というのは、競業ではなく協業する関係にあります。
 弁理士という仕事は実のところ理系寄りです。試験合格者の8割が理工系の出身ですし、合格者数上位校には東工大や東理大がはいっています。特許という理工系分野を中心の仕事にしていることから、そうなってくるのです。その反面、法律家としてのバックボーンは、必ずしも十分に持っているわけではありません。民法は取引において不可欠の最重要法規なのですが、弁理士試験では二段階目にのみ関係する選択科目の一つに過ぎず、理工系の人だとそもそも勉強自体していないでしょう。
 争訟が想定されたり、あるいは扱う金額などが大きい場合には弁護士と、それほどでもない場合は行政書士と、それぞれ共同して仕事をするというのが、制度自体の基本設計と言えるかもしれません。

士業の盟主、弁護士

別格の法律職

 行政書士は法律を対象にしている専門職ですが、同じ領域の“同業者”に「弁護士」という存在があります。とても高い社会的ステイタスを持つ職業ですが、士業という視点でも別格の存在です。
  ◆唯一無二の専管業務を持つ
  ◆試験の受験資格が厳しい
  ◆その試験自体が格段に難しい

 弁護士になるためには、司法試験の合格が必要です。これは学部卒では受けられず、法科大学院修了が受験資格。著名な法科大学院は入学選考が厳しいのですが、それを出た人にとってすら難しいのが司法試験。東大・京大の法科大学院で、どうにか50%程度の合格率……と言えば、難しさもおわかりいただけるのではないでしょうか。しかも、合格した後は司法修習というのを1年間受けなければいけません。裁判所・検察庁・法律事務所をたらい回しにされる実務研修で、この終了時点でさらに試験があり、ここでも5%程度は落とされるという厳しさです。

弁護士の専管業務

 法律家としての弁護士は、ほぼオールマイティな存在です。他士業に属する仕事の多くをすることができます。そして、先述の通り、他を寄せ付けない専管業務を持っています。具体的には、次の3つです。
  1.法律相談それ自体を、プロとして行うことができる。
  2.依頼主の代理人として相手方と交渉できる。
  3.いざとなったら裁判を遂行できる。
 2と3は、「弁護士=戦う仕事」と見ることができます《*4》。代理をするというのは、持てる知識と技術の全てを使って依頼人にとって少しでも有利な結論を導くということです。実際に法廷に出るケースは多くないにしても、それを辞さない態度で事に臨むため、先方にとっては手強い相手となり、依頼人にとっては頼もしいパートナーとなるわけです。このように見てみると、1も無関係ではありません。法律を使った戦いの専門家として、勝てるかどうかをアドバイスする仕事であるとも言えるからです。
 この点行政書士はどうかと言いますと、まず交渉することができません。当事者の代理として契約書作成もしますが、合意が成立した場合にその合意を文書化する仕事です。合意に向けての提案を依頼主にすることはできますし、それを依頼主の代わりに相手方に伝えることもできますが、依頼主の代理として相手方と交渉することはできないのです。また、行政庁への許認可申請も、却下・棄却された場合の不服申立てまでは代理できますが《*5》、裁判になったら弁護士に任せるしかありません。

*4 弁護士=戦う仕事 部分的に他士業にも認められています。
*5 不服申立てまでは… 特定行政書士の指定を受けた人に限ります。

実はそんなに余っていない

 近年「弁護士余り」という言葉が、メディアではよく踊っています。数字だけをみると、確かに激増しています。司法試験制度の改革前は全国に1万人程度だったのですが、現在では4万人超。人数だけで言えば、司法書士の二倍、行政書士(5万人)にも近づきつつあります。
 このような理解を背景に「何でも弁護士にやらせればいいじゃん!」という見解が現れてきています。
 でも実際のところ、弁護士はそんなに余っているのでしょうか?
 実際には偏りが大きいのです。
 まず、弁護士の世界には大規模なローファームというものがあります。トップクラスになると、何百人もの弁護士を擁していて、5大ローファームを合計した数は軽く2千を超えています。その一方で、インハウス・ロイヤーと呼ばれる人がいます。メーカーや金融機関などの大企業に社員として雇用されている弁護士です。こちらも2千人を超える規模で、合わせると弁護士全体のうちの1割の人が、これら大手法人の所属と言うことになるのです。
 そして、もう一つの偏りが、地理的要素です。4万人を超える弁護士ですが、東京・神奈川だけで、実に半数の弁護士が所属しています。
 週刊誌などで言われる“弁護士余り”現象というのは、具体的には「資格とっても食えない人が出現している」現状を言い表しているようです。でも昔だって、別に資格さえあれば誰でも左うちわだった訳じゃなく、皆それぞれに苦労されていたと思うのですが、どうでしょうか?

「弁護士さえいればいい」じゃないもう一つの理由

 法律家としての“持てる力”という点では、あきらかに弁護士の方が上です。また、法律の知識も、概して高水準でしょう。
 でも、現実に解決したい問題は、法律だけで決まってくるわけではありません。「弁護士」という“武器”は鋭利すぎ、ときに問題をこじらせてしまう場合があります。交渉の席に弁護士が同席していたら、相手方から「けんか腰」と解釈されるでしょう。
 そしてもう一つ。この鋭さは、自分の方も切り裂く危険性があるということです。
 士業は、依頼人のためにベストを尽くします。そして戦う仕事である弁護士にとってのベストは、相手を叩きのめすことです。これは彼らに求められる職業倫理の一つで、「ハイアード・ガン」といいます。この精神が契約書作成という局面で発揮される場合、「依頼主にとって少しでも有利な条件を盛り込む」ことになります。ところが、これがビジネスのコアな価値である「クリエイターからの信頼」を破壊してしまうことにつながるのです。
 当事務所代表の私も、フリーランスだった時代、嫌な思いをしたことがあります。それまでいい関係を築いていた会社から、突然新様式の契約書が押しつけられ、その中には「本契約の期間中に甲が作成したアイデア等の全ての権利は会社に譲渡するものとする」といった、噴飯ものの条件が載せられていたりしたのです。いきさつを聞いてみると、出てくるのは弁護士の名でした。
「うちの会社、弁護士と顧問契約結んで、契約書チェック始めたんだよ。それで、弁護士の指導が入って、様式全部新しくなったんだ」
 そして修正を求めても、持ち戻った担当者の口から出てくるのは「弁護士が“念のためそうしておけ”というから」という理由でのゼロ回答でした。
 彼らにとって、クリエイターなどしょせんは“出入り業者”に過ぎず、その利益を根こそぎ吸い取ることこそが依頼人の利益、となるのでしょう。しかし、クリエイティブ産業が関わるようなビジネスは、一方の損失が他方の利益になるような関係ではありません。クリエイターはむしろ顧客にも似た存在で、信頼感の構築こそがビジネスの原動力になっているのです。それを破壊するような行為は、「試合に勝って勝負に負ける」という言葉を地で行くものと言えるでしょう。

違うのは、役割

 弁護士も、行政書士そして司法書士も、広い意味での法律家です。これは、医師とコ・メディカルの関係をイメージされるといいでしょう。医師法上、医師は医療行為を独占していますが、一方で「医療そのものではないけど医療的なこと」への需要も根強いものがあります。多くの整形外科医院は、理学療法士が常駐するリハビリセンターを併設していますが、むしろこちらの方が人気だったりしますね。他、柔道整復師や鍼灸師の存在も重要です。骨が折れているような場合なら医師にかからないとだめですが、そうでない――例えば寝違えて首が痛いといった場合は、鍼や整体の方が優先的選択肢です。同じようなことが、隣接法律専門職にも言えるのです。
 そして、現実的に費用の問題もあります。弁護士は法律相談そのものも業務なので、単に話を聞いてもらうだけでも料金が発生します。ざっと調べてみたところ、初回の相談を30分あたり5千円で設定している事務所が多いようです。まあ、弁護士に相談するほどのこじれた内容が30分で解決するはずはないので、実際には2時間=2万円ぐらいはかかるのでしょう。これは、確かに、高度な専門職を拘束する時間単価としては破格の安さですが、支払うお客さんにとっては決して小さな額ではありません。最終費用がせいぜいそのぐらいで済む場合もある行政書士の存在は、リーガルサービスそのものを人々にとって身近なものとする上で、大きな役割を果たしていると言えるのではないでしょうか。