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ついでに傍聴も【再録】

 判例について言及したついでに、裁判傍聴についても書いてみましょう。
 行政書士は、司法書士や弁理士とは異なり、訴訟代理人になることができません。なので、法廷という場所は、基本的にアウェイです。ただ、法律というものが実体化している場として、これはこれで見ておく価値は大きいと思います。
 裁判は、役所の営業日であれば毎日開かれています。原則として公開されており、自由に傍聴することができます。
 具体的には次のような手順です。
  1. 目当ての法廷に行く。
  2. 廊下から勝手に中に入り傍聴席に座る。
  3. 気が済んだら出て行く。
 そう、本当に自由なのですね。入場のための申込み手続きはなく、身分証明書見せろとかの類もありません。建物に入るとき、金属探知機使ったボディ&持ち物チェックがありますが、それだけです。
 そして1の目当ての法廷なんですが、実は法廷の入り口には事件については何も書いてありません。どこで何時にどんな法廷が開かれるのかは、一階ロビーに設置された帳簿に書いてあり、傍聴希望者はそれを見て探すのです。

 以上のように、基本的に「見たいなら勝手にしな!」という態度で、決して歓迎してくれている訳ではありませんが、中に入ってしまえばまた違った光景が見えてきます。直接比較するのもヘンな話ですが、とっつきやすさという意味では判例よりも上でしょう。口頭弁論で法曹(裁判官・弁護士・検察官)が用いるオーラル日本語は、同じ人たちが書面に書くテキスト日本語と比べると、同一言語とは思えないぐらいにわかりやすいです。そして、実際に目の前に関係者がいるという迫力。罪を犯したとして逮捕され取り調べを受けて訴追された人が、目の前にいるわけです。
 名古屋は米花町ではないので、そんなに大事件ばかりあるわけではありません。実際私が見たのも、窃盗とか横領とか薬物関係なんてものです。にも関わらず、引き込まれたのです。
 犯罪なんてものは通常は情報として知っているだけです。まあ、窃盗については被害者を体験したこともなくはないのですが、犯人の存在は理解できても、その人間としての実像を実感することはできません。しかし、刑事法廷は違います。犯罪を実行した人間が、目の前で服着て息してるわけです。
 もちろん、正しくは刑事被告人で、有罪判決が出るまでは無罪推定なんですけど、実際ぼくの傍聴した事件では、ほとんどの被告が罪を認めていました。そして、検察官が事件を語るのもうなだれて聞いています。また、検察官はあれこれ尋問をするのですが、かなりの部分が説教です。
  「そのときあなたはどう思っていたんですか」
  「悪いことだと、自覚はあったんですね」
  「あなたはこの罪をどのように償っていくつもりなんですか」

 法学徒的には、刑事訴訟法の本に書いてある概念を通じて、法廷を理解しています。その一方で、弁護士もののドラマなんかも知っています。また、傍聴席に整理券が発行されるような事件だと、裁判そのものもニュースネタです。それらを通じて知っているつもりだった刑事裁判とは全く違うイベントが、目の前で繰り広げられる訳です。
 ただ、傍聴を重ねていく中で、こういうことを面白いと思ってしまうことへの廉恥心がだんだん強くなっていったのも事実。一方で、熱心に通い詰めている人もいます。開廷を待つ廊下では、しばしば常連同士の楽しげな会話が行われているのです。彼らにとっては、生の週刊誌とも言えるわけですね。まあ、そういう人たちがいたからこそでもあった訳ですが。廉恥心がやがて「自己嫌悪」へと大きく広がっていって、行くのをやめました。

 さて、ここまでは無言のうちに刑事事件を前提にしていましたが、裁判には民事事件もあります。そして行政書士的にはこちらの方が専門分野です。(いや、警察への被害届は行政書士のシノギなので、刑事事件と完全に無関係って訳でもないんですけどね)
 刑事事件とのいちばんの違いは、口頭弁論の進め方です。日本の裁判は「口頭弁論主義」をとっており、これは刑事も民事も同じです。ただ、刑事事件は文字通り口頭で弁論するのですが、民事事件では書面で口頭弁論をやってもいいことになっています。なんでそれでいいのかというと、裁判長に渡すときに口にする「原告はこの書面を提出します」なんて発言が口頭で行われているからです。なんだかはぐらかされたような感じですね。
 確かに、こんな言葉とともに書類が交換されるだけなら、傍聴なんてしても意味はないでしょう。ただ、ぼくがたまたま見た例は、決して面白くないなんて言えるものではありませんでした。
 その事件は、こんなあらましです。
「高齢の女性が『自分の面倒を見ること』という条件で、家を長男に譲った。だが長男はこの条件を守らず虐待、たまりかねた女性は逃げだし次男の家に転がり込んだ。そして譲渡の解除を訴えた」
 一応、原告はそのおばあちゃんです。でも、実質的には次男さんなようなのです。
  裁判官「どうも本件は代理闘争のように思えるんですが?」
  弁護士「はい、私もそのように思えます」
 こんなやりとりが実際に行われていたりしました。論点を抜き出せば、条件付き贈与契約の解除に関する問題となるのでしょうが、その実体はまさに生々しいドラマです。

 このように、法律勉強中の人にとって、とても得るところの多い裁判傍聴なのですが、実は学部生時代、ただの一度もしませんでした。一度だけ東京地裁/高裁までは行ったのですが、結局どうしたらいいのかわからず、守衛のおじさんに教えてもらったものの心理的にテンパってしまい、そのまま帰ってしまいました。二度目がなかったのは、大学が八王子にあって、東京地裁が(心理的にも)遠かったせいです。今思えば東京地裁八王子支部に行けば良かったんですが、後の祭りです。
 ということで、先ほど書いたような傍聴に関する知識は、もっぱら大人になってから名古屋地裁で獲得したものとなります。あなたが学生ならばもちろん、例え社会人受験生だったとしても、行く価値はあると思いますよ。

2021年公開

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