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判例のすすめ【再録】

 判例というのは過去の裁判事例のことです。我が国は、英国のような判例法主義の国ではありませんが、事実上の拘束性を持つことから(裁判所も役所の一種なので、先例は大好きなのです)、制定法/慣習法と並ぶ、法源の一つとされています。
 行政書士も法律専門職の一つですので、ある程度は知っておかなければなりません。とはいえ、行政書士試験のレベルでは、わざわざ専門の勉強をする必要はないでしょう。「やり過ぎなんて気にするな」を散々書いている私でも、条文ごとに判例を照らし合わせていくような勉強は、やり過ぎだと思います。
 とはいうものの、やはり価値あるものだということは確か。というか、とても面白いのです。

 法律の教科書には、条文とその解釈があれこれ書いてあります。しかしこれらはしょせんは官僚や学者の脳内現象が記録されているに過ぎません。抽象か具体かといえば、明らかに抽象。しかし、判例は違います。具体も具体で、生々しいほどに血肉が通っています。
 そもそも裁判というのは、具体的な紛争の結果として発生します。対立する主張をしている当事者も、スコラ的議論を楽しみたくてしている訳ではありません。自分が持つと信じている権利を獲得するため、そして相手が侵そうとしている権利を護るために、安くはない裁判費用と、輪をかけて高価な弁護士謝礼とを費やしているのです。見ていくと、明らかに無理筋の主張というのもあるのですが、そういうことでも言わなければならないところまで追い詰められているゆえと言えるでしょう。そうした当事者の事情にまで思いを馳せると、これはもうドラマとしか言えないのですね。
 現在、著作権を専門分野として掲げている私ですが、実はこのあたりを伏線にしています。日本ユニ著作権センターさんのウェブサイトにある「裁判の記録」をたまたま知り、それを通じて著作権法の判例を集中的に読んだ結果、「一皮むけた」と思ったのです。
 通常の勉強において、判例は教材としてすっきりまとめられたものを通して取り組みます。有斐閣から出ている『判例百選』シリーズが典型例ですし、学習用ではもっとこなれた本も存在します。ところが、同サイトの「裁判の記録」は、全く違います。判決文を、ほぼそのままの形で載せているのです。
 ゆえに、事件あたりの文章は半端ない量です。また表現も回りくどい場合が多く、読み進めるのがなかなか大変です。しかし、これがまた面白いのです。一つ読み終わったら関連する別の裁判例を参照、それが終わったら……と芋づる式に続けてしまい、気が付くとどっぷりとのめり込んでしました。そして、それまでは教科書事例の積み重ねに過ぎなかった著作権法を、「ほぼ生」な知識として再理解することができたのです。
 その後、著作権法の体系書のスタンダードされる“中山著作権”を読んだとき、引用されていた多くの判例が自分にとって既知のものだったことから、妙に誇らしい気持ちになったものです。

 このようなやり方は、広範な行政書士の分野全てに言えるわけではないと思いますが、通常勉強の無味乾燥さに嫌気がさしてきたら、気分転換がてらにやってみるのもいいでしょう。一般刊行物では「判例時報」という雑誌があり、民事/刑事の事件を中心に、同じような「生」の裁判例が掲載されています(知財法も大カテゴリーとして存在しています)。買うとちょっと高いのですが、大きな図書館にはおいてありますから、それを読めばいいでしょう。

2021年公開

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