第5版&第6版 No.1、第4版 No.41
最高裁 S59.1/20判決 S58(オ)171号
事件の概要
唐代の書家・顔真卿による貴重な直筆作品を所有する書道博物館が、その作品を本にした出版社に対し、自身の権利を侵害したとして訴えた。出版社は、作品が博物館の所有となる前に当時の所有者の許可を受けて撮影したフィルムを使って版を作っていた。
争点
著作権切れの著作物について、その所有者は特別な独占利用権を持つか。
判決
博物館の負け。著作権が消滅した後の著作物はパブリックドメインに属するので、作品の情報としての側面は誰もが自由に利用できる。所有者は、作品の物としての側面について独占排他権を持つが、だからといって無体的な権利まで保有しているわけではない。
解説
顔真卿は「がん・しんけい」と読みます。「卿」までが名前で、“顔真”という貴族の尊称ではありません。唐代の書家で、芸術としての書の元祖にあたる人(の一人)と言われています。活躍していたのは安禄山の乱の時代。785年没と、平安京よりも古い人です。
この事件は、そんな顔真卿の自筆書の所有者の権利が、どこまで及ぶのかが争われたものです。
絵画や彫刻などの美術品は、それ自体が商品です。ただ、所有権と著作権は別。例え大金出して購入したとしても、著作権者に無断で複製などすることはできないのです。でも、著作権が消滅した後なら、複製その他は自由にできることになります。そして、所有者として所有物に対する独占排他権を持つため、複製を独占することもできるのです。この「事実上の独占」が法的権利といえるかどうかが、裁判では争われました。博物館としては、そういうものを保有し続けることの対価として権利を認めてほしかったわけですが、裁判所の判断は上記の通りで、著作権が消滅している以上、既に撮影されたフィルムの使用について止めることはできないという結論でした。ただ逆に言えば、所有権に基づく排他的な使用独占自体は認めているわけです。この判決があるからといって、美術館で展示作品を勝手に撮影したりすることは、やはりNGです。
なお、事件名ですが、ふつうは「顔真卿自書建中告身帖事件」といいます。最初、この名前を見たとき、どこでどう切って読めばいいのか、途方にくれたものです。ここでは判例百選の書き方に合わせましたが、こっちの方が断然いいですね。