猿に絵筆を持たせた結果すごい芸術作品ができたとしても、それは著作物ではありません。しかし、現代芸術の作家が構想のもとで意図的にそういう仕掛けを採り入れたのなら、それは著作物たり得ます。猿は彼の絵筆に過ぎないといえるからです。ソフトウェアが自動的に作った美術品の場合も、基本的に同じことが言えます。プログラマが単に技術的なテーマとしてチャレンジしただけなら、猿をしつけたのと同じです。しかし、芸術的な意図を持った上でアルゴリズムを実装したのなら、ソフトウェアを絵筆として使った芸術家ということになってきます。
このあたりは、少し前までは教科書設例に過ぎませんでした。ただ、技術の進歩とともにリアルな問題となってきています。現実に、セミオートの作編曲環境なども市販ソフトとして存在しているわけで、そうして作られた楽曲の著作権の帰属は、大きな問題です。
民法上の法人は、民法その他の法律で法人格が認められている場合だけを言います。しかし著作権法では、定義規定である第2条6項に「この法律にいう『法人』には、法人格を有しない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものを含むものとする」とあり、これによって法人の範囲が拡張されています。大学のサークルや市民劇団などでも、著作権では権利主体になれるということです。ただ、友達どうし集まって作ったユニットは、見なし法人には含まれません。
法では、出生前の胎児はまだ人としては扱いません。ただし相続については「生まれているものとみなす」ルールになっています。そのため、胎児が自ら著作をすることはありませんが、著作権者にはなれるわけです。ちなみに、いつの時点で出生とみるかは、民事法では全部露出説(胎児の全身が出現した時点とする)を採ります。まだ頭しか出ていない状態で死亡したら、それは生まれなかったということになるのです。