みんなの著作権 第3部 判例ガイド 著作物に関する判例
顔真卿自書建中告身帖事件
1984.1/20 最高裁S58(オ)171号
唐代の書家の手による「顔真卿自書建中告身帖」を所有する書道博物館が、それと同じ内容を出版した出版社に対して、所有権侵害を理由に出版物の販売差止と廃棄を求めた事件。この出版は、前の所有者の許諾を受けて撮影されたネガを用いて行われたのであるが、原告は、著作権が終了した時点で複製にともなう独占的利用権は所有権に吸収される旨を主張、被告の行為を、所有権の中に含まれる利用収益権の侵害であると主張した。
裁判所は、「所有権は、その有体物に対する排他的なものにとどまり、無体物である美術の著作物自体には排他的支配は及ばない」として同著作物がパブリックドメインであることを確認、原告の訴えを退けた。
ゴナ書体事件
2000.9/7 最高裁H10(受)332号
写植の最大手である(株)写研が、業界第2位でDTP業務用フォント最大手の(株)モリサワに対して、「同社の書体『新ゴU』は自社の『ゴナU』を模倣して作ったもので、著作権の侵害である」として訴えた事件。モリサワは「『新ゴU』は自社で開発した独自の著作物である」と主張し、争った。
裁判では、印刷用書体の著作権を限定的に捉えた上で、本件で問題になっている両フォントにそれを認めず、訴えを棄却した。
楓の木事件
2002.7/3 東京地裁H14年(ワ)1157号:出版差止等請求
ある楓の木の所有者が、その木を10年間にわたって撮影して刊行された写真集「わたしのもみじ」の著者である写真家と版元のポプラ社に対し、発行の差し止めと所有権に基づく損害賠償を求めた事件。
所有者は、30年前に一帯の土地を購入したが、牧場を開墾する過程でこの楓の木を見つけ感動、伐採せずに残し、以後手間を掛けて育ててきた。この木がマスコミで紹介されたことを機に来訪者が集まるようになると、商業利用での撮影に対し許可制・有償制を導入、「私有地での撮影及び映像使用の権利は所有者にあります。撮影した映像を個人が個人として楽しむ以外は撮影、使用許可を得て下さい。無断で公に使用することはできません」の旨を表示した看板を設置していた。一方、写真家は、看板設置以前からこの木に注目、撮影を続けてきた。そして当該写真集の刊行にあたって所有者側に連絡をとったところ、契約および料金の支払いを求められたが、版元ともどもそれに応じず、写真集は予定通り刊行された。
原告は、この木が独特の美しさ・魅力を持ち、それも維持管理に手間をかけたゆえであることを前提に、「このような場合、所有者が撮影や出版等の行為を専有できるというべき」と主張した。しかし裁判所は「所有権には、有体物としての面を排他的に支配する権能しかない」とし、原告の主張を退けた。また、撮影のために所有地に立ち入った行為についても、看板設置後であれば権利侵害を主張できるとしたものの、本件の撮影は全て設置前に行われていたことから、権利侵害を否定した。
グルニエ・ダイン事件
2004.9/29 大阪高裁H15(ネ)3575号
大手住宅メーカーである積水ハウスが、自社の高級注文住宅である「グルニエ・ダイン」によく似た外観を持つモデルハウスを住宅展示場に設置し販売していた会社に対し、著作権の侵害であるとして撤去や販売差止を訴えた事件。
裁判所は、「『建築の著作物』として保護される建築物は、美的な表現における創作性、すなわち造形芸術としての美術性を有するものであることを要する」として、原告が主張したグルニエ・ダインの著作性を認めず、控訴棄却の判決を下した。
初動負荷事件
2005.7/12 大阪地裁H16年(ワ)5130号
スポーツトレーナーであるX氏が、独自に考案したトレーニング理論の名称で著書のタイトルにも用いている「初動負荷」を、異なる内容において無断で使用したとして、雑誌を発行するゴルフダイジェスト社を訴えた事件。X氏はかつて被告雑誌に連載を持っており、初動負荷理論もここで展開していた。訴訟の対象になっている行為は、同雑誌が原告の連載が終了後も「初動負荷理論」の記事を独自の内容で掲載したことである。原告は、無断使用による名称が持つ著作権の侵害に加え、「被告には、執筆契約に伴い、原告の主張する理論を尊重する義務があった」とし、これに違背した債務不履行も主張した。
裁判所は、「初動負荷」という表現そのものはありふれた単語をつなぎ合わせたものにすぎないため著作権を否定、また、契約上の義務も「このような合意内容は通常の執筆契約における契約当事者の合理的意思から大きく隔たっている」として否定し、原告の訴えを退けた。
大河ドラマ「武蔵」事件
2005.6/14 知財高裁H17(ネ)10023号
(原審・東京地裁H15(ワ)25535号)
映画監督黒澤明の遺族が、2003年に放映されたNHK大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』第1話について、黒澤監督映画『七人の侍』の盗作であるとして、放送差止などと約1億5千万円の損害賠償を求めて、NHKと脚本家を訴えた事件。原告は、被告作品が原告作品と類似しているとの主張に加え、不正競争防止法の法理を援用した上で「フリーライド(知名度にあやかる“ただ乗り”)の対象となる著名な作品においては、一部を真似するだけで容易に類似性が解るから、翻案権侵害の判定基準は緩和されるべきだ」という前提にたって、翻案権の侵害を主張した。
裁判所は、原告の言うフリーライド論について否定した上で、原告が指摘する類似点や共通点は、いずれもアイデアなど表現それ自体ではない部分や表現上の創作性がない部分であるとして翻案権の侵害を否定、原告の訴えを退けた。
YOL見出し複製事件
2005.10/6 知財高裁H17(ネ)10049号
(原審・東京地裁H14(ワ)28035号)
WebサイトYOL(ヨミウリオンライン)を運用する読売新聞社が、インターネット上でニュースサイトの見出しをピックアップするサービスを運営してるY社を、複製権/公衆送信権の侵害などで訴えた事件。
読売新聞社は、独自サイト上で記事を展開する他、ライントピックサービスとして、Yahoo!やインフォシークなどのポータルサイト運用者に対し、記事へのリンクを有償で提供していた。一方、Y社は、YOLの各記事にアクセスする仕組みを独自で実装、読売新聞社と契約を結ばないまま、一般向けサービスとして提供していた。記事見出しをクリックすることで記事が見られるというものだが、この見出しは、YOLの見出しと同じものであった。
原告は、(1)見出しは著作物であり、それを無断で複製/配信するY社の行為は、複製権/公衆送信権侵害である.(2)もし著作物でなかったとしても、商品として販売しているライントピックと同じ内容を無断で実装する行為は、一般不法行為に該当する.との理由から、差し止めと損害賠償を請求した。
裁判所は、見出しの短文について「ありふれた表現であり、創作性がない」として著作性を認めなかったが、原告の(2)の主張を入れ、損害賠償を認めた。